第15回 DIHAC 研究会 報告 15th DIHAC cross-cultural exchange meeting analysis report (Japanese)

2023.04.02

15回 DIHAC 研究会 報告

15th Digitally Inclusive, Healthy Ageing Communities (DIHAC) Study Cross-cultural Exchange Meeting report (Japanese)

高齢者のデジタル利用を促進するプログラムとアプリ

須田 拓実,ミョーニエン アング,小柳祐華

Report in English 
 

2023年3月9日に第15回DIHAC研究会が開催されました。DIHAC研究会では、2020年より隔月ごとに国際的な研究者を招待し「DIHACポリシーレビューミーティング」を開催しています。各国で進行中の「健康な高齢化対策プロジェクト」からの経験や知見を共有し、研究者同士が意見交換できる場を設けています。

DIHAC研究研究代表者のミョーニエン アング准教授より、本研究会の参加者に挨拶がなされ、今回の研究会議長であるシンガポール大学 Qiushi Feng准教授が紹介された。Qiushi Feng准教授より本研究会の概要について説明がなされた。

Presentation 1

順天堂大学大学院・東京都健康長寿医療センター研究所の須田 拓実氏より、「日本のデジタル化の変遷」に関する発表がありました。

1993年の商用インターネットサービスの開始、1995年のWindows 95の発売などを経て、一般の人々がICTとの接点を持ち始めました。こうした中、2000年時点では日本のインターネット利用率は約30%で、高所得国の中では最低水準だったことを契機に、日本は国の主導でデジタル化に取り組み始めました。初期の政策では、日本のデジタル化政策の基礎を形成することが目的とされていました。例えば2001年に公表されたe-Japan戦略では、2006年までに世界最先端のIT国家を形成するために、ネットワークインフラの急速な整備等が進められ、結果として2006年時点で日本のインターネット普及率が約69%に改善しました。第二に、整備したICTインフラの利用が推進され始めました。例えば2003年に公表されたe-Japan戦略Ⅱでは、医療、食、行政サービス等の重点分野における社会システムのICT化が推進されました。第三に、官民の保有するデータやパーソナルデータの利用促進に取り組まれました。日本の持続的な発展に資する社会基盤の構築という大枠の下、マイナンバーカードの普及により個人番号に紐付けられた情報の活用を促進する等の施策に取り組まれました。第四に、来るデジタル社会を人類の第5の社会の在りようとして位置づけ(Society 5.0)、ICT技術を駆使した効率的な社会システムを構築することが目指されました。デジタル庁の設立のように、デジタル政策により本格的に取り組もうとする国の姿勢がうかがえました。上記の日本の政策にて、「手段の目的化」「ICTの活用とプライバシー保護の対立」等の課題が見られます。前者について、例えば昨今のマイナンバーカード普及に向けた施策のように、ICTインフラの整備や新規システムの推進が目的とされたり、e-Japan戦略のように、「世界最先端」として日本を位置づけることが目指されたりしました。ただ、こうした政策の本質は「テクノロジーをいかに活用するか」であり、「いかに普及させるか」でないことには留意が必要です。後者について、e-Japan戦略Ⅱが公表されたのとほぼ同時期(2003年)に、個人情報保護法が成立し、このことからプライバシーの基本的人権の一部としての位置づけが確固たるものとなりました。日本がデジタル化政策に取り組み始めた頃から、ICTの普及・活用に関する思惑と、個人情報保護に関する懸念の対立という構造が見られ、議論が難航した可能性があります。


 
Presentation 2

渋谷区の丸山 陽子氏、平澤 憲之氏より、「渋谷区における高齢者のデジタルエンパワーメントプログラム」について報告されました。

渋谷区では、65歳以上の住人の25%がスマートフォンを所有していないと推測されています。こうした人々は有事にスマートフォンを利用して情報収集を行えず、こうしたデジタルデバイドによってQOLの格差が拡大していくことが懸念されます。そこで、渋谷区はKDDIと津田塾大学と協働で、1,400名の高齢者を対象として、スマートフォンの無償での貸与(2年間)、スマートフォン講習会やなんでもスマホ相談、スマホサロンによる支援を行っています。まず、必修の講習会(集団4コマ、個別5コマ)にて、スマートフォンの基礎的な操作方法や後述のアプリの用途を学習します。その後、必要に応じて任意のワークショップやなんでもスマホ相談に参加することで、ブラウジングや他者への連絡、写真撮影などができるようになっていきます。LINEによる他者とのコミュニケーション、ハチペイによるオンライン決済、脳にいいアプリを用いた健康行動の促進といった試行も行われています。2ヶ所で運営されているスマホサロンでは、区内の高齢者が自由に集まり、参加者同士でスマートフォンについて相談し合ったり、デジタル活用支援員に質問したりすることができ、参加者同士の交流や更なるエンパワーメントの場として機能しています。こうした取り組みを通じて、プログラム参加者がそれぞれの関心に合わせて日常生活でスマートフォンを活用しています。実際に、10ヶ月の介入を通じて、参加者の81.7%が自身の生活にスマートフォンの使用が良い影響を及ぼしていると回答しました。

Presentation 3

マレーシア保健省・マレーシア国立大学のMohd Nazrin Jamhari氏より「アプリ開発による2型糖尿病患者を対象とした介入研究」について報告されました。

世界的に糖尿病患者が増え続けており、マレーシアにおいても、成人の5人に1人が糖尿病患者であるとされています。その要因として、介入や教育の手法が画一的であることや、対面でのコミュニケーションが減少したことが指摘されています。こうした中、マレーシアでの携帯電話・スマートフォンの普及率が極めて高く(98.2%)、インターネット利用の目的には「情報収集」(85.4%)や「アプリのダウンロード」(78.4%)が多いことに、発表者らは注目しました(いずれも2020年時点の国の統計データ)。そこで、2型糖尿病患者の啓発を目的としたアプリケーション(My Diabetes Apps)を開発し、その有効性を確認する研究が行われました。My Diabetes Appsの試用版を用いて、30名の糖尿病患者を対象とした4週間のパイロット研究を行った後に、ケダ州にてランダム化比較試験が行われました。その結果、介入群の2型糖尿病に関する知識水準は、介入前と比較して有意に向上しました。HbA1C値は、介入群対照群共に有意に減少しましたが、対照群の変化を考慮しても、介入群の変化は有意でした。一方で、介入を通じて治療や健康管理の遵守という点では有意な変化が見られませんでした。糖尿病に関する知識水準の向上に、介入にかける時間が影響していること、スマートフォンの所有率の増加により、対象集団への情報共有や教育が容易になったことを踏まえると、My Diabetes Appsは糖尿病患者の自発的な健康管理を促す上で有用であり、地域レベルで用いることもできます。治療や健康管理の遵守について、本研究では介入群・対照群共に良い水準でしたが、健康関連アプリの使用により患者が健康管理をより行うようになるという先行研究もあり、アプリの使用による行動変容が期待できます。糖尿病に関する情報提供のみならず意識変容を促す機能も実装することで、介入群のHbA1C値が減少しましたが、こうした変化により将来的な機能不全や死亡のリスクを抑えることができます。

Report

・須田 拓実 MSc, 順天堂大学大学院医学研究科グローバルヘルスリサーチ講座博士2年生

・小柳祐華 PhD, 東京有明医療大学保健医療学部講師,順天堂大学大学院医学研究科グローバルヘルスリサーチ講座非常勤助教

ミョーニエン アング MD,MSc,PhD 順天堂大学大学院医学研究科グローバルヘルスリサーチ講座准教授、健康総合科学先端研究機構准教授、国際教養学部准教授。